1 研究倫理はなぜ問われるのか

(1)一般社会と学術研究の世界の違い

 一般社会では、法律に違反しなければ、ほとんどのことが許容されます。しかし、学術研究の世界では、法律を順守するだけではなく、研究倫理という規範にも従わなければなりません。(下図参照)そのような研究倫理規範が独自に存在するのはなぜかというと、それなしには学術研究そのものが成り立たなくなるからです。

 研究倫理規範の一つは、「捏造・改竄・剽窃」をしないという規範です。即ち、「嘘をついてはならない」というものです。学術研究において「嘘をつく」ことがありうるとしたら、真理探究の手段としての学術研究はその存在価値を失います。

もう一つの研究倫理規範は、「研究対象者に被害を与えてはならない」という規範です。人の行動や思考その他に関するデータを調査の対象とする全ての研究は、研究対象者からの善意の協力がなければ成り立たないものです。もしも、この「研究対象者に被害を与えてはならない」という研究倫理規範が守られなければ、善意で研究に協力する者は被害を受けることも覚悟しなければならない、ということになります。そうなった場合、研究協力者は誰もいなくなり、研究基盤が崩壊します。

(2)研究不正によって失われた信用を回復する方法

研究倫理規範を犯す研究不正が発覚した場合、研究機関(大学等)は、失われた信用を回復するために、研究不正を厳格に調べ上げ、再発しないように関係者への処分を下さなければなりません。その悪質さの度合いによっては、研究者は学術研究の世界から追放される場合もあります。もしも、研究不正にこうした厳正な対処がとられなかったとすれば、学術研究が「嘘をつき」「研究対象者を攻撃する」こともあり得るということになります。そうすると、学術研究は成り立たなくなります。特定の研究でひとたび許されると、別の研究において繰り返されないという保障は何もなくなるからです。

研究不正は、学術共同体全体の信用を左右するものです。信用修復に一次的な責任を負うのは研究機関ですが、個々の研究機関は学術共同体から研究不正の調査と処分を委任されているという関係にあります。

もしも、当該研究機関に再発防止の自浄作用が働かなかったならば、次に学術共同体全体の付託を受けている監督官庁が研究機関に研究不正を解明させるとともに、研究機関についてもその適格性を問わなければならなくなります。そうして、当該研究不正に関与した研究者と、その是正に失敗した学術機関の両方に処分を実施して、学術研究への信用を回復することになります。(以上について、下図を参照) 監督官庁がこの信用修復に失敗したとすれば、その国の学術研究は終焉を迎えます。

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