3 出崎の「卒業制作」研究の実施経過

今回の上智大学を舞台とした研究不正事件を時系列的にまとめると次のようになります。

  1. 大学院生出崎幹根は、指導教員中野晃一教授の指導の下に、自身の学位審査要件である学術研究(卒業制作)として、フィールド研究における聞き取り調査映像によって構成される映像作品を制作する研究計画を立てた。(2016年4月頃と推定される)
  2. 上智大学では、フィールド研究において聞き取り調査を実施する場合、その研究によって研究対象者に利益侵害が起きることを未然に防ぐために、「人を対象とする研究」の倫理委員会の審査を事前に受けることを研究着手条件として定めている。ところが、本研究は、その手続きを完全に無視して研究に着手した。
  3. 大学院生出崎は、2016年5月から翌年2月までの期間に、研究対象者8名(加瀬英明、ケント・ギルバート、櫻井よしこ、杉田水脈、藤岡信勝、藤木俊一、トニー・マラーノ、山本優美子)に対してメールその他の方法で個別に卒業研究「歴史議論の国際化」への研究協力を依頼し、8名のインタビュー映像を研究資料として入手した。
  4. しかし、インタビュー調査は、「人を対象とする研究」を実施するうえで上智大学が定める要件、即ち、研究対象者への研究計画書の交付、研究同意書書式の交付、同意書面の保管、同意撤回書式の交付、その他インフォームド・コンセントの手続き等をことごとく無視して実施された。
  5. その一方で、大学院生出崎は、インタビュー調査実施時に、学術研究への「研究参加同意書」であるかのように擬装して「承諾書」「合意書」のサインを詐取した。これは、被害者からの予想される抗議に対して法的に対抗するための準備であり、それを後に、商業的に公開された映画への「出演承諾書」であると強弁するための行動であった。
  6. 指導教員中野晃一教授は、大学院生出崎に対して、上記のかくれた目的をもった「承諾書」の取得を、出崎の学位審査要件である学術研究課題作成の着手要件として課しており、商業映画への映像の転用は両名が示し合わせて行ったものであった。この点について具体的に言えば、承諾書へのサインを拒否した藤岡へのメールで、出崎は「私たちの指導教官(ママ)と話しましたところ、(中略)やはり承諾書へのサインなしには、ドキュメンタリーの製作へ着手することが難しいと言われました」(出崎から藤岡へ、2016年9月12日)と書いている。
  7. 出崎は、被害者らの研究資料を入手し終えるや(2017.2.15)、直ちにクラウドファンディングを通した商業映画を作成するための資金集めを開始する(2017.3.8)。
  8. 大学院生出崎は、完成した学術研究課題(卒業制作)を2018年1月10日、上智大学大学院に提出し修士の学位を得たが、卒業制作についても学位取得についても、何ら研究協力者8名には連絡しなかった。
  9. その一方で、学術研究を通して入手した研究対象者らの研究資料(インタビュー映像)を研究対象者に無断で用いて一般公開用の映画を完成し、2018年9月29日には、有料で映画を公開する。さらに、2018年10月には、釜山での映画祭において一般公開し、2019年4月からは配給会社を通して商業映画「主戦場」として日本でも本格的に商業展開を始めた。
  10. 商業映画の一般公開後、8名の研究対象者は、初めて出崎の学術研究の意図と性格を伝え聞くことになり、その内容が、8名の研究対象者を一方的に攻撃し、反論を許さず、しかも人格的に侮辱するものであることを認知するに至った。
  11. 被害者のうち7名の研究対象者は、5月30日、記者会見を開き、公開されている映画の上映中止を出崎に対して要求した。しかし、出崎は映画配給会社・東風とともに、6月3日、対抗して記者会見し、被害者らの要求を拒否した。そこで、被害者のうち5名は、6月19日、出崎と東風を相手取り、上映中止等を求めて東京地裁に民事訴訟を起こした(令和元年(ワ)第16040号)。

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