6 具体的な規定違反箇所の指摘

 中野・出崎が犯した上智大学の研究倫理規程に違反する行為は極めて多数にのぼります。その全てを列挙します。以下、「上智大学「人を対象とする研究」に関するガイドライン」から関連規定を引用し、重要箇所に強調を付したうえで、どのように違反したか、コメントを加えます。なお、以下に現れている見出しの算用数字や記号はガイドラインの項目に依拠するものです。

2.対 象

本ガイドラインの対象とする「研究者」とは、本学に所属する教員の他、学部生、大学院生及び研究員等、本学で研究活動に従事するすべての者を指す。

ただし、学生が行う研究活動については、本ガイドラインの内容を熟知した指導教員が適切に指導を行わなければならない。特に、研究計画等の審査の是非については、指導教員が責任を持って判断を行う

(コメント)「ガイドライン」に拘束される対象者は、「大学院生」を含む「本学で研究活動に従事するすべての者」であるので、当然ですが、出崎は「ガイドライン」に従う義務があります。また、「学生が行う研究活動」については、指導教員が「適切に指導」しなければならず、「研究計画等の審査の是非」についても、指導教員が「責任をもって判断」します。今回、審査を受けないとする判断の責任は指導教員が負うものであり、倫理義務違反という研究不正の最終責任も、指導教員である中野晃一教授にあります。

3.定 義

(4)「研究対象者」とは、研究の対象となる者の総称をいい、実験研究において実験の対象として実験に参加する者、フィールド研究等において調査対象として研究に協力する者を含む

(コメント)聞取り調査によって構成される本件研究において、インタビュー取材を受けた被害者らは、「研究対象者」として「ガイドライン」の保護の対象となります。

4.原 則

人を対象とする研究を行う者は、建学の精神に基づき、生命の尊厳及び個人の尊厳を重んじ、科学的及び社会的に妥当な方法、手段でその研究を遂行するとともに、次に掲げる原則を遵守しなければならない。

(2) 研究の実施に際しては、研究対象者の人権を最大限に尊重し、科学的、社会的意義のある研究の遂行に努めなければならない。

(コメント)本件被害者らは、映画「主戦場」において、「リビジョニスト」(歴史修正主義者)などのレッテルを貼り付けられて「個人の尊厳」を侮辱されています。また、同映画の構成は、最初に被害者らの発言映像を映し出し、そののち、これを対立する意見を有する出演者に一方的に批判させ、被害者らには全く反論の機会を与えないまま、結論を導くというものです。

このような一方的な「サンドバッグ手法」が、学術研究として「科学的及び社会的に妥当な方法」であると認める研究者は誰もいないでしょう。卒業制作「歴史議論の国際化」と映画「主戦場」の内容的異同は未だ明らかではありませんが、卒業制作が映画「主戦場」と類似のものであった場合、そもそも卒業研究「歴史議論の国際化」自体が研究倫理の原則に反する性格のものであることが明確になります。

5.インフォームド・コンセント

(1)研究対象者への事前説明

研究者が、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するときは、研究者は、研究対象者に対して研究目的、研究成果の発表方法など、研究計画について事前に分かりやすく説明しなければならない

(コメント)この事前説明を果たす上での、義務的説明事項の細目が、「研究参加説明書」および「インフォームド・コンセント(説明事項)チェックシート」に明示されています。説明義務違反箇所は、以下の通りです。なお、出崎は被害者らに、「研究参加説明書」を提示していません。

「CS1 倫理委員会の承認」・・・倫理委員会の承認を受けていないことは告知されていません。
「CS2 研究責任者(指導教員)」・・・指導教員が誰であるのかは秘匿されました。
「CS4 研究期間」・・・完成予定時期についても知らされていません。
「CS6 研究への参加と撤回」・・・研究参加同意書は提示されておらず、撤回権についての説明も全く行われませんでした。
「CS7 予測されるリスク」・・・作品の中で一方的に批判されるリスクは説明されていません。
「CS8 研究成果の公表」・・・公開についての具体的かつ明確な説明は一切ありませんでした。
「CS9 研究データの取り扱い」・・・CS8に同じ。
「CS11 研究に関する資金源及び利益相反の状況」・・・どのような資金で作られるのか説明を全く受けていません。

出崎は被害者らの研究資料を入手し終わると(2017年2月15日)、直ちに、クラウドファンディング(2017年3月8日 – 2017年4月7日)で 164名から2万6368ドルの資金を集めています。一般賛同者と思われる特典付きの寄付額は全体の3割程度($8326/151名)であり、残りの7割($18042/13名)を出資した大口の資金提供者が誰なのかは不明です。クラウドファンディングで資金を得る計画も、全く伝えられていません。

また、もう一つの重大な利益相反事項としては、研究責任者(中野教授)が研究対象者として研究中に登場し、被害者らを一方的に批判した点があげられます。かかる利益相反関係も全く説明はありませんでした。

「CS12 研究者、及び問い合わせ先」・・・連絡先として示したのは本人のメールアドレスのみであり、所属機関の連絡先や対応窓口の情報を全く示していません。なお、事後に所属機関である上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科に問い合わせたところ(2019年4月27日)、出崎本人の書面による同意がなければ、問い合わせに対応しないとされました。所属機関名すらも、問い合わせ先として機能していなかったのです。

「CS*該当する場合 本研究データを他用途への転用の可能性」・・・CS8に同じ。

また、研究者は、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するにあたり、研究対象者に対し何らかの身体的、精神的な負担、苦痛あるいは危険性を伴うことが予見される 場合、その予見される状況をできるだけ、事前に分かりやすく説明しなければならない

(コメント)出崎は、左右の両論を検討した結果、被害者らと対立する結論に至ったというストーリーを随所で開陳していますが、仮にそうした擬装に従った場合でも、「被害者らと対立する立場から、被害者を一方的に批判し、しかもそれを商業映画として一般公開し、世間に曝される可能性」があることを、事前に伝えなければならない明白な義務があります。取材順序と内容構成についても、「先に被害者らの映像を撮り、それを対立する立場の出演者に見せたうえで、批判させ、被害者らに反論の機会を与えない」ことや、「リビジョニスト」などのレッテルを貼る可能性があることも、事前に伝えなければなりません。こうした扱いをされることで、気分を害さない人はいないからです。

(2)研究対象者からの同意

研究者が、個人情報や、個人のデータ等を収集・採取するときは、書面、その他の方法により、事前に研究対象者の自由意思に基づく同意を得なければならない

(コメント)「自由意思に基づく同意」が成立するためには、事前に十分かつ誠実な内容説明が為されていなければなりません。十分かつ誠実な説明を欠いた形式的同意は、「自由意思による同意」として成立しません。出崎の研究は、重要な事前説明を全く行っていないので、「自由意思による同意」を欠いた状態で行われた不正な研究であると言えます。

ア)「研究対象者の同意」には、個人情報や、個人のデータ等の取扱及び発表の方法などに関わる事項を含むものとする。

(コメント)出崎は、商業的一般公開の意図を被害者らは知っていたとして、①「承諾書」書面に書いてある、②雑談の中で話した、という二点を挙げています。逆に言えば、学術研究上の義務として課されている「発表の方法」に関する正式な説明を欠いていたことを認めているわけです。そして、出崎の主張する①も②も、全員に対して均等に為されたものではありません。被害者各人の受けた対応も、交わされた書面や会話も、それぞれに違うのです。それをあたかも、一人についてあった事柄を、全員に対して等しく行われたかのごとく言いくるめようとしているのです。事実、藤岡は、①「承諾書」を全く見ていませんし、②そのような雑談もしていません。

 学術上の説明同意は、説明を果たしたことを証明する義務(挙証責任)が、全面的に研究者の側にあります。研究対象者の側には、説明を受けていないことを挙証する責任は全くありません。だからこそ、説明同意は書面によることを原則としているのです。なお、学術上の研究参加同意は、如何なる説明と同意が成立していたとしても、撤回権の行使とそれに伴う研究資料の廃棄義務を妨げるものではありません。

オ)研究対象者からの同意は、原則として事前に行う特に何らかの身体的又は精神的な負担、苦痛あるいは危険性を伴うことが予見される場合には、必ず事前に書面をもって同意を得なければならない

(コメント)まず、ここで言う「原則として事前に行う」とされる「研究対象者からの同意」とは、十分な説明に基づく同意確認の手続き(インフォームド・コンセント)のことで、単なる協力依頼とそれに対する了承のことではありません。既述のとおり、これは、全く実施されていません。さらに、「精神的な負担、苦痛あるいは危険性を伴うことが予見される」研究である場合には、同意は「研究参加同意書」による書面での確認が義務付けられています。書面による同意確認は行われておらず、明白に規定に違反しています。

カ)研究者は、同意に関する記録を適切な期間保管しなければならない。ただし、研究対象者が同意を撤回したときは、速やかにその情報やデータ等を廃棄しなければならない

(コメント)研究対象者は2019.5.30に記者会見を行い、「共同声明」を発表し、出崎に対して上映中止を要求しました。これに対して、出崎はこの要求を拒否し、現在もなお映画の公開は続いています。これは、「速やかにその情報やデータ等を廃棄しなければならない」という義務に明白に違反しています。そしてこれは、人権侵害です。

 さらに、「研究責任者」である中野晃一教授に対しても、5月30日の「共同声明」に署名した7名全員が10月1日前後に「研究参加同意撤回書」に署名し、上智大学学長経由で中野教授宛提出しております。10月中旬現在、これについての中野教授からの回答はまだありません。

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